『神主ライフ』(仲尾宗泰著/徳間書店)vol.151
本日の一冊は
『神主ライフ』(仲尾宗泰著/徳間書店)です。
拝、です。
最近気づいたのです。
どんな偉い人も、どんな年齢の人でも
必ず同じように頭をさげる場所がある。
それは、神社!
わたし、以前に神田明神に行ったときに
いろんな人を観察してみました。
じ~っと!!
長い時間かけて見ていました。
まぁ、ほとんどみなさん
きっちりと頭を垂れますね。
なんて美しい光景なんだろう!
そう思って長い間見とれていたわけです。
だって、みんながそこで
手を合わせて頭を下げるんですよ!!
わたしが「お城好き」ということは
ご存じだと思うのですが「神社」もいいですね。
今日は平安時代初期に創祀された
武信稲荷神社の神主さんの面白エッセイ。
京都三条にある1200年の歴史を持つ神社だそうです。
古式ゆかしいものは、
なぜか心が落ち着きます。
そういえば今週末は
京都だ!
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http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198630844/withup-22/ref=nosim小さいころに父と一緒に出かけると、父は神社の前を
横切るときには必ず頭を下げて通過していました。米や酒、魚、果物、神に供えるものを神饌(しんせん)と呼び、
神に捧げた神饌を下げたものを撤下品といいます。
これを通称「おさがり」といいます。日本の神社の数は、およそ八万社から九万社。
お寺もだいたい同じくらいあるといわれます。神主の仕事は掃除にはじまり、掃除に終わる
といっても過言ではありません。八百万の神の中には佐保姫、竜田姫、筒姫、白姫
という女神様がおられます。この神々がそれぞれ
四季をつかさどっているのです。神社、神道は他の宗教のように教祖がいるわけではなく、
誰かがあるとき作ったものでもなく、日本で自然に発生したものです。初穂を神様にお供えして、収穫を感謝する祭りを新嘗祭
といい、日本全国の神社で十一月二十三日に行われます。
昔はこの新嘗祭が済んでからでないと、
その年とれた新米は食べませんでした。地鎮祭では、土地の神様にこれから家を建てるということを
奉告(神様への場合は報告ではない)しますが、
じつはこれが重要なポイントで、私たちが古くから
もっている素晴らしい考え方です。宇宙のルールを少し難しい言葉で「真理」という人もいます。
真理とは時代や立場が変わっても変わることのない
価値観であり、物事の本質、と私は思っています。お寺のお坊さんから教えてもらった言葉がありまして、
私は今でも大切にしています。
「雑巾で磨くものは床にあらず。磨くものは己の心のくもりである。
ほうきで掃くのは落ち葉にあらず。掃き清めるのは己の心の汚れである」巫女さん→ Shrine attendant
お守り→ personal protected amulet物の持ち方、歩き方、座り方、礼の角度、扉の開け方、
いろいろ決まりがあります。たとえば、神様に対して
絶対におしりをみせません。見える形にするということは、見えている部分が伝わるということ。
拝とは、もっとも深い礼、九〇度のおじぎのことです。
今ここに存在している。生きているということはそれだけで
奇跡であり、すごく意味がある。
私たちが生きていることは、大宇宙の呼吸、営みです。参照:
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というわけで、
▼「共感・意外性・感動」の法則を解き明かす!
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├○
├○ 五円玉を見よ。
├○
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なんというかですね、
わたしは「ストーリー」を求めるわけですよ!
つながっていないと、
なんとなく気持ち悪いのです。
なぜ、急に飛ぶの?
とか、
そもそもこれは同じお話?
とか。
自分の生きていきた軌跡を大事にすること。
ちなみに、五円玉には日本の繁栄を願って
作られたストーリーがありますね。
誰かがそこに込めた想いを、
そのメッセージを解読できたとき、
素直に心がふるえるものです!
心が爆音!