『悔いのない人生』(齋藤孝著/SBクリエイティブ)vol.352

2016年04月26日

こんにちは、
本日の一冊は、
『悔いのない人生』(齋藤孝著/SBクリエイティブ)です。

『悔いのない人生』(齋藤孝著/SBクリエイティブ)

最期、です。


誰しも、
自分の人生を
悔いなく生きたい!


と思っているはずです。


今日は悔いのない
人生をおくるために、
死に方から学ぶ生き方の話です。


明治大学文学部教授の
齋藤孝さんによる著書です。


死にまつわる古典や書籍を引用し、
ご自分の見解を説いておられます。


例えば、

・葉隠
・養生訓
・留魂録
・夜と霧
・風姿花伝
・今日われ生きてあり

など。

様々な書籍からの
引用や解説がついているので、
思わず原著を読みたくなるかもしれません。


それにしても、


今年に入ってから、
いろんなところで
「死に様は、生き様ですね」と
耳にしてきました。


いま私に与えられている
テーマなのでしょうか。


なかなか死生観に迫るのは
難しいのですが、
「生きる」を考えるということ。


それはすなわち、
「死」を考えることから
始まるような気もします。


いくつか原著で読んでみたい、
と思うような本もありました。

 

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『悔いのない人生』(齋藤孝著/SBクリエイティブ)

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ちなみに「二十一回猛士」とは、
松陰が好んで使った号です。
死ぬまでに二十一回の行動を全力で起こす
という決意を込めて名乗っていたといいます。

「一年」は「一瞬」という意味です。
「一瞬一瞬を大切にしなさい」と説いていますが、
これはまさに禅の死生観に通じるものです。

『葉隠』にも座禅を想起させる
「七つ呼吸をするうちに覚悟を決めろ」
というくだりがあります。

人がなぜ死を恐れるのかといえば、
自分の意識がなくなることに対して
恐怖を覚えるからです。しかし、日頃から
「私が」「私が」と思うのではなく、
自分の我を落とし、「無」の感触を
得られるようになっていたとしたらどうでしょうか。

心と身体を分けて考える心身二元論は、
もともと西洋哲学の考え方です。
日本には明治維新以降に入ってきて浸透しました。

丹田とは、もともと道教にちなむ言葉で、
「丹薬」という不老不死の薬を
育てる田畑を意味しています。

相手を傷つけようが、悲しませようが
言いたい放題言うことを、
昔の人は「欲」ととらえていたのです。

中庸とは、どこかに真ん中があるという
考えではなく、それぞれ自分にフィットした
ところがあるということです。
つまり、自分に「ほどほど」のところは
どこなのかを見きわめることが重要です。

生きている時間にはかぎりがあります。
病気のあとは、その貴重な時間が無駄に
流れていってしまうことに対して敏感になります。

辞世の句や歌を詠んでから亡くなるというのは、
日本人が長く培ってきた「死の伝統文化」
とも言うべきものでしょう。
歌は、落ちついた精神状態でなければつくれません。


参照:
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というわけで、




▼「共感・意外性・感動」の法則を解き明かす!
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先人の死生観を学ぶ。

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いま「ビジネスプロフィール添削講座」の
9期生ががんばっています。


「生きる」「生まれる」を扱う仕事の方、
そして「死」を扱う仕事の方がおられます。


まるっと簡単にいえば、
ライフイベントを扱う仕事!


と言えるのですが、
もっと重たい言葉でいえば、
「命を扱う仕事」です。


芝蘭自身もまだまだ勉強が足りない!
と思っています。


もっともっと本を
読まねばなりません。

 

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