『考えない練習』小池龍之介著 vol.69

2010年05月07日

こんにちは、

本日の一冊は

『考えない練習』小池龍之介著です。

 

『考えない練習』小池龍之介著

 

 

話題の僧侶です。

 

 

ここ最近、ずっととあるプロジェクトで
重要なファクターとなる
「五感」について考えていました。

考えすぎて、
リラックスしようと書店に出向くと、
再びいろんなことを考え始める負のスパイラル。

気がついたら、

『考えない練習』
http://bit.ly/aAxXBU

という本を読んでいました(笑)

前から気になりつつ、
なかなか読めていなかった本です。

◎生きていくうえで本当に必要な感情
◎感覚を鋭くする方法
◎仏道における読み書き話すとは

についてすんなりと腹落ちすることが
丁寧に書かれてあります。

すでに6刷で話題になっているので
ご存知の方も多いと思いますが
気のぬけた装丁とは裏腹に
深い内容でアイデアがわいてくる本でした!

 

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『考えない練習』(小池龍之介著/小学館)

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http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093881065/withup-22/ref=nosim 


人は、落ち着いている時には、あまりあれこれと考えません。
混乱している時ほど、考える量や時間が増えてしまいます。

考えている間は、
エネルギーを「考える」ことに浪費している分、
視覚も聴覚も触覚も鈍くなる性質があります。

「心の働きを変える」という二つ目の力のことを
「定力(じょうりき)」と申します。これはすなわち「集中力」です。

普段から「いま自分は五感のうち、どれを使っているのか」
ということに自覚的になることです。

五感という言葉が出てまいりましたが、仏道では、
目・耳・鼻・舌・身に加えて、意という六つの扉によって、
外部からの刺激を認識するとされています。

ところが、否定されたくない、自分は良く思われたい「慢」
の欲に駆られているため、中途半端に謝りつつ
口答えをするという分裂状態に陥っているのです。

心のコントロールをすること、
これが仏道のスタートでありゴールです。

仏道において、人が幸せに生きていくために育てるべき
感情としているのは「慈・悲・喜・捨」の四つだけです。

古い言葉で「怒る」は「胃刈る」と当てます。
怒ることで胃を刈るようなダメージを与えるということです。

寺院などで半眼の仏像をご覧になったことがあると
思いますが、半眼のお釈迦様は見ているのではなく、
強い集中状態をつくりだそうとしているのです。

たいてい、人の表情というものは煩悩によって動きます。

食物を食べる際に覚えておきたいのは、
いい加減に作られたものを食べないことです。

この場合のグレードが低いというのは、
つき合っていて心が汚れていくような人という意味合いです。

いま話すことによって、心が穏やかになるのか、汚れるのか。
この思考によって、心が穏やかになるのか、汚れるのか。


参照:
『考えない練習』(小池龍之介著/小学館)

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というわけで、

 


●「共感・意外性・感動」の法則を解き明かす!
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

目を閉じる。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

私は、何かに集中している人の
「目」がとても好きです^^

以前のメルマガで、
「私は人を笑顔で記憶するようにしている」
と書きました。

例えばそれをA面とすると、
B面の記憶データは間違いなく
誰かの、何かに、夢中になっている
「目」です。

しっかりと記憶しています^^
集中している目は美しい。

先日も知人がホームパーティーの際、
めちゃくちゃ集中して魚をさばいてくれました。

「しんどくない?」

と聞くと、

「すごく楽しいよ。集中できるから!」

と、キラキラした目で答えました。

私は何かに集中している人だけが
漂わせるその「凛とした空気」が
心地よいのかもしれません。

集中力!

永遠の課題です。

 

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